自邸
 
etの家・新築工事
様々な実験の場


構造・階数 1階RC・2,3階木造
RC壁式・在来軸組(外断熱) 

敷地面積 450.0F(136.12坪)
建築面積 98.01F(29.65坪)

延床面積 217.99F(65.94坪)


 ●棟梁 佐藤洋悦



エピソード・その1---完成直後・1986〜1992年


 

 ファサードガラス格子は、当時、
 
宮脇檀がやったジャガイモの店バーン」をヒントにして。
 材種は、米ヒバ105*105を主材料にして。
 まだ新しい。

 その青焼きの図面
 縦長部分は、換気用に明治製菓からでていた
 ジャロジーをはめ込む。
 

 屋根外壁のカラートタンは、0.4菱葺き
 色は、白とシルバーを交互に貼り分ける。
 縞模様になるとは思わなかった。
 東京の友が、この写真を見て、
 一番いいアングルだと言ってくれた。

 

 南エレベーション、
 図面そのもの。

 本人は、これがきれいだと思ってるんですけど・・・

 

 その青焼きの図面
 窓下の打放コンクリートは、プラントボックス。
 土をいれて、イチゴや野菜に始まっていろいろな物を植えてきたけど、どれも今ひとつパットしません。
 2002年は、笹をびっしり植え込もうかな、と思ってます。

 北西からのアングル。
 夕日に照らされてきれいです。

 その青焼きの図面。
 左角、Cの部分は200角GB、
 あとででてきますが、お風呂場の明かり取りです。

 工事中の様子。
 
2階腰までのコンクリート打設が終了したところ。
 なんと当時で、外断熱に挑戦しました。
 しかし、残念ながら断熱材は、スタイロ50檻1でした。

練りに練った
断面図


 階高をかなり詰めた。
 1階は、書斎床からスラブ下まで、2400。
 2階は、居間の910ピッチ梁下まで、2265。
 3階は、引っ張り負担の合わせ梁下まで、2400。
 

 玄関テラス部分。スラブ下はスタイロ100
 先端の丸い部分は、ポーチライトの笠も兼ねてます。

 1階和室部分は、木床組のため吹抜。

 建て方時、15尺の登り梁を1間ピッチにを使って
 大空間を演出しようという意図です。

 正面から離れて見ると以外と小さい、
 が、中にはいると豊かな開放的な空間が広がる、
 という、試みでした。

 カラートタン部分の通気層。
 木軸部分のスタイロは25+25氓a1。
 
下貼りPBは、防水12.5氈B

 モルタル部分の通気層。
 オーソドックスな12气oラ板貼り。

 

 

 

 完成直後は、3階の床なしの全くの吹抜
 体育館に、居るようでした。

 

 

 2階平面図

 
 
間口6間*奧行き4間に左2間分がピアノ室、
 右4間分が生活ゾーンのプランニングです。
 奧1間分は、水回りゾーン。
 手前アプローチ階段が、それぞれに三角に突き出た玄関テラスの間に入っていって、左右に分かれる。
 中央が1段上がった和室6帖。

 

 玄関テラスの吹抜。
 
強風でガラスの格子が揺れに揺れることが
 
判明し、控えに4ヶ所3.5寸角を補強した。
 友人の美術家、川俣正風に・・・

 

 益子の浜田庄司にの生家の縁側に、鮮烈な影響を受けて、
 何とか北海道でもああゆう雰囲気が出せないものかと考え、

 当時に出した解答が、3間開口の縁側風玄関でした。
 ここは、寒冷地住宅の内部と外部をつなぐ
中間ゾーンとして、
 ぽかぽかの
ジャングルみたいな空間にしたかった。
 天気さえ良ければ、2月くらいの日差しからは、
ポカポカです。

 一方、ピアノ室側の玄関テラス。
 こちらは、
グリーンもなくすっきりと。
 

 12帖のLD、その横に6帖の和室と螺旋階段。
 対面アイランドキッチン、やはり宮脇檀の影響。

 その螺旋階段、子供が小さかったので、
 落下防止用ネットを手すりに絡ませた。
 
TOTO通信が取材にきたとき、受けてたけど・・・

 家の中心に和室、居間から18Bあがってます。
 たたみは半畳へりなし。
 3面解放角の2本の柱は、4寸角です。

 東側は、1間の奥いきで水回りです。
 洗濯コーナーからキッチンをみる。
 床レベルは、10B下がりでカウンター高は、
 キッチン側でH=800
 居間側からは、H=700で
食卓になります。

 水回りのお風呂。
 奧に200角GBの明かり取り。
 清家清をまねて、ドアなしを敢行。
 床は、200角、壁は50角と25角タイル、
 ポイントにカラーサンプル全色を埋め込んだ遊びが、
 金沢の友が来たときにうけてました。

 水回りのトイレ。
 オープンなため、
 現在、年頃の娘たちの非難の的になってます。 

 ピアノ室。当時グランドが2台入ってた。
 吸音を考えて、天井は岩綿吸音板、
 腰上の壁は、1B厚の
吸音クロス
 腰壁と煙突は割肌
煉瓦積み
 煉瓦を1個づつ割って積んでくれた、
 当時引退していた石工職人のドン
 石田さんが、特別に引き受けてくれた。
 
感激でした! 

3階平面図

 
 
間口6間が3階で4間に狭くなります。
 4間*4間の16坪。
 しばらく
WCの1坪以外は、収納を間仕切り代わりに32帖分のワンルーム状態が続きました。
 玄関テラス上部は、吹き抜け。

 3階登り梁の様子。ピアノ室と同じコンセプト。
 仕上げは、松板張り。
 
貫材をバンド買いして、良品を加工して貼った。
 パイン羽目板が当時あれば、簡単だったのに・・

 壁天井すべて、これで行きました。
 勾配は、当時お気に入りの7寸5分。
 

1階平面図

 

 
RC基本グリッドは、間口6間の3等分の2間ピッチで耐力壁、奧行きは4間を3間と1間で間仕切り。
 左3分の1が車庫および物置の非断熱ゾーン
 中央と右の3分の2が断熱ゾーン
 中央がペチカと水回り、右と手前三角出っ張りが書斎
現在ここが私の寝室。

 1階コンクリート打放のまま。
 安藤忠雄の影響か。
 階段とデスクは、同一コンセプトのデザイン。
 スチールで何でもデザインするのは、
 桑沢時代バイトでいっていた
 
椎名英三さん(リンクあり)のところで覚えた技。
 床のみパーケットフロアー直貼り。

 1階のペチカ。
 やはり石田さんの作。
 やさしい奥さんを手元にして、黙々と積んでくれました。

 まだ健在なのかなあ。
 完成当時は、石炭、2年後燃えがらの多さに耐えかねて、灯油に。
 現在は、4沒S板でデザインした、薪ストーブも併用。


エピソード・その2---15年後・2001年

エピソード・その3---2002年の冬、暖房の話



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